東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)48号 判決 1960年3月01日
原告 奥村文治
被告 山田キク
主文
特許庁が昭和三十二年抗告審判第五一〇号事件について、昭和三十三年十月二日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨及び原因
原告は、主文第一項通りの判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。
一、原告は特許第二〇九、一一七号の権利者であるところ、被告は、昭和三十年五月三十一日、原告を相手取つて、当時被告が代表取締役として被告及びその一族において経営する東亜編機株式会社取締役山田努の有する実用新案第四一六、二九九号の構造を採用したイ号図面及びその説明書に示す手編器が被告の前記特許の権利範囲に属するや否やについての特許権利範囲確認審判を請求し、該事件は特許庁において昭和三十年審判第二三六号事件として審理の結果、昭和三十二年二月二十二日に右イ号図面及びその説明書に示す手編器は第二〇九、一一七号特許の権利範囲に属さない、審判費用は被請求人の負担とする、との審決があり、原告はこれに不服であつたので、同年三月十二日に抗告審判を請求し、同年抗告審判第五一〇号事件として受理されたが、特許庁は昭和三十三年十月二日に至つて、本件抗告審判の請求は成り立たない、抗告審判の費用は抗告審判請求人の負担とする、との審決をし、原告は同月十日にその審決書謄本の送達を受けた。
二、右審決には本件特許権利範囲確認審判請求人たる被告の利害関係が消滅していることを看過してされた違法がある。
元来、本件特許権利範囲確認審判請求事件の真正の当事者は、前記イ号図面及びその説明書に示す手編器の製作販売をしていた東亜編機株式会社(昭和三十二年五月三十日に商号をフレンド編機株式会社と変更した。)であり、被告はその代表者として形式的に前記審判請求の名義人になつたに過ぎないところ、昭和三十年九月二十八日附をもつて被告は同会社の代表取締役を辞任し、その夫である山田亀吉がその後任に就任した。のみならず、右山田亀吉は、昭和三十二年八月二十五日、同会社(当時商号をフレンド編機株式会社と改めていたことは前記のとおりである。)の代表者として、同会社の専務取締役たる原武と共に原告の住所の岡山市まで出向したうえ、本件に関する原告の主張を是認し、和解の申出をしたので、原告も同人らの誠意を認めて、右和解に応じ、こゝに本件当事者間に存する争は一切解消したのである。
そこで、原告は、同年十月五日、右和解事実を証する和解契約書正本一通を添附し、本件特許権利範囲確認審判請求は、当事者間に和解成立し、利害関係が消滅したので、初審の審決を破毀のうえ、右審判請求を却下されたい旨、抗告審判の審判長宛上申書をもつて申述し、昭和三十三年三月三日にも重ねて同様の具申を行つたが、本件抗告審判においては、被告は編物友の会を主宰し、イ号図面及びその説明書に示す手編器を使用拡布しており、原告からも特許権侵害警告書を受けていることを理由に、なお本件につき利害関係を肯定し、前記の審決をしたものである。
しかし、被告は前記会社の事業関係をはなれては、本件につき何らの利害関係を有しないものであり、本件抗告審判の審決は特許法第八十四条第三項に違背してされた違法のあるものであつて、とうてい取消を免れない。
第二答弁
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、次のとおり答弁した。
一、原告主張事実中原告と訴外フレンド編機株式会社との間に和解が成立したことは認めるが、被告は右契約の当事者でもなく、同会社或いは同会社を代表して右和解に関与した山田亀吉や原武個人に和解につき代理権限を授与したこともない。被告は編物友の会を経営しているが、この会は原告主張の登録第四一六、二九九号実用新案(但し該実用新案権は山田亀吉及び石原重太郎の共有に属する。)による編機械の知識及び技術を教授することを目的とし、日本全国の生徒数ほゞ参拾万人、学校又は講習所二千三百ケ所、講師免状授与者約一万三千五百名の多数に上り、右実用新案による編機械が原告の特許権を侵害するか否かは被告の右事業の盛衰に重大な関係があり、したがつて被告は本件特許権利範囲確認請求につき利害関係を有するものである。前記原告と訴外会社との和解により被告が右確認請求につき有する利害関係が消滅したとする原告の主張の理由がないことは、言うまでもない。
二、しかのみならず、原告主張の本件特許第二〇九、一一七号は、特許庁において、公知公用に属するものとして無効とする旨の審決があり、現に右審決取消訴訟が東京高等裁判所昭和三十三年(行ナ)第三〇号事件として同庁に係属している。したがつて、原告の本件特許は無効のものであつて、被告に対する本訴請求は原因を欠缺するものとして、とうてい棄却を免れない。
仮に原告の特許が形式上存在するとしても、原告の特許と山田亀吉及び石原重太郎の前記実用新案とは、そのそれぞれの機械の構成及び性能を異にし、後者は前者の範囲に属さないこと、明瞭なるものである。
第三証拠<省略>
理由
一、原告は特許第二〇九、一一七号の権利者であるところ(但し、被告は右特許は無効のものであると主張する。)被告から原告主張のことき特許権利範囲確認審判の請求があり(但し、イ号図面及び説明書に示す手編器において採用されているとする登録第四一六、二九九号実用新案の権利者について、原告は山田努と主張し、被告は山田亀吉及び石原重太郎の共有と主張する。)、原告は右審判(特許庁昭和三十年審判第二三六号事件)の審決に不服であつたので、抗告審判を請求したが(昭和三十二年抗告審判第五一〇号)、昭和三十三年十月二日に、本件抗告審判の請求は成り立たない、抗告審判の費用は抗告審判請求人の負担とする、との審決があり、その審決書謄本が同月十日原告に送達されたことは、被告の明らかに争わないところであり、右特許権利範囲に関する紛争について、昭和三十二年八月二十五日、原告と訴外フレンド編機株式会社を代表する山田亀吉及び原武との間の和解が成立した事実も亦、当事者間に争がない。
二、原告は、右和解成立によつて本件特許権利範囲確認請求につき被告の有する利害関係は消滅した、と主張するので、考えるのに、成立に争のない甲第二号証の二(審判請求書)によれば、被告は本件特許権利範囲確認審判を請求するにあたつて、被告が右特許の権利範囲確認につき有する利害関係として、被告は編物友の会を主宰し、編物技術の研究指導をなし、かたがた東亜編機株式会社の社長であり、技術指導に当つては専ら同社販売に係るフレンド号編器即ちイ号図面及びその説明書に記載した手編器を使用しているものであところ、原告から東亜のフレンド号編物機械が特許第二〇九、一一七号に牴触するからその製作使用販売拡布を速に中止するより警告を受けたので、本件審判の請求をするについて重大な利害関係を有するものである旨主張していることが明らかであるが、さらにこれ亦成立に争のない甲第三号証の二(和解契約書)、第四号証の二(登記簿謄本)、第七号証(住民票謄本)によれば、前記東亜編機株式会社(昭和三十二年五月三十日に商号をフレンド編機株式会社と変更した。)代表取締役(取締役社長)山田亀吉(被告の夫)及び取締役(常務取締役)原武は、昭和三十二年八月二十五日、岡山市において原告と和解を遂げ、原告(甲)と同会社(乙)間に存在する一切の争を解消し、乙(同会社)は乙に所属する編物友の会山田キク(被告)が甲(原告)に対し提起した事件を解消することを約し、こえて同年九月二十八日附をもつて、弁理士大野柳之輔が立会人となり、右約旨を記載した和解契約書を作成した事実を認めることができる。
以上の認定事実によれば、被告は東亜編機株式会社販売にかゝるフレンド号編器すなわち本件権利範囲確認審判事件におけるイ号図面及びその説明書に記載した手編器の使用、拡布に従事しているものとして、右権利範囲確認に利害関係を有するものであるというべく、本件審判請求書(甲第二号証の二)には、編物友の会を主宰し、編物技術の研究指導をなし、と記載し、また、右請求書中に被告の本件につき利害関係を有することの根拠として引かれている、原告から被告に対する警告の書面も、編物友の会山田きくとして、被告に宛てられていることは、成立に争のない甲第二号証の一の(イ)(ロ)(右警告書の写)に徴して明らかであるが、前記手編器の使用ないし拡布をはなれた、編物友の会の主宰、或いは一般的に編物技術の研究指導の面のみでは、本件権利範囲確認につき何の利害関係も認めることができないとするのが相当である。而うして、前記和解契約においては、右手編器の販売元である前記会社が自ら原告との間に存する一切の争を解消することを約するとともに、右編物友の会山田キク(被告)をもつて同会社に所属するものとなし、その提起した事件(本件確認審判請求事件を意味するものと解せられる。)の解決をも約したものであるから、たとえ被告は右和解に関係しなかつたとしても、前記会社との関連において有する利害関係はもはやこれを主張することができず、これと離れ、個人として、或いは編物友の会主宰者として、本件につき独自の利害関係を有ることを、主張立証するのではなくては、本件確認審判請求を維持することができないものといわなくてはならない。
しかるに、被告は、本訴におい、被告は編物友の会を経営し、その事業として本件編機械の知識及び技術を教授している、と主張するのみで、これに関する何らの証拠を提出せず、かつ原告と前記会社との間に前記和解が成立しているにもかゝわらず、何故に被告が本件特許の権利範囲確認につき利害関係を有するかの具体的事実につき主張立証するところがないので、結局被告が右確認につき利害関係を有するの事実は、これを認めることができないものと言わざるを得ない。
成立に争のない甲第一号証(審決書)によれば、本件抗告審判の審決においては、被告が「編物友の会」を主宰し、その「編物友の会」ではイ号図面及びその説明書に示すものを使用拡布している事実並びに原告から被告に対して特許権侵害警告書の発せられている事実によつて、被告の利害関係を認定していることが明らかであるが、前に認定した本件の事実関係のもとでは、単にこれらの事実のみでは、被告の利害関係を肯定するのに十分ではないというべきである。
三、被告は、本件原告の特許は無効である、と主張するが、右特許を無効とする旨の審決についての争が未だ解決していないことは、その自ら認めるところであるので、そのことを理由とする被告の主張はこれを採用することができない。
四、本件審決は被告の利害関係を肯定して確認の審判をした点において、特許法第八十四条第三項の適用を誤つたものというのほかなく、とうてい取消を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)